演劇ブックレビュー20200702: 石黒広昭(2018)『街に出る劇場-社会的包摂活動としての演劇と教育』新曜社
本書のテーマは、演劇と社会の結びつきです。個人的には演劇は常に社会との関係性を積極的に構築する方がいいんじゃないかと思っているので、本書は大変参考になります。さまざまなカテゴリーの社会との結びつきが事例としてあげられており、特に教育との結びつきは演劇の可能性を示してくれます。
本書の編者は心理学・教育学の研究者ですが、演劇の専門家ではないようです。本書を編んだ理由は、芸術と社会との結びつきに強い関心を持ち、その役割を重要視するためだそうです。演劇を含めたアートは社会における学習の材料・資源であり、相互に影響を与え合う存在といえるでしょう。
本書は4部構成になっています。第1部では地方都市における劇場、ホールの役割です。劇場やホールは演劇活動をハード面・ソフト面から支える重要な場ですが、そこの実践レベルが高くなればなるほど、その街における演劇活動は活発になるといえます。特に第2章の事例は、仕掛け人の方が劇場を社会的包摂活動の場と位置づけ、多様な関係者と協力して活動しています。こういう活動はほんとにありがたいですよね。
第2部は(異質な)他者との出会いがテーマで、待ちにやってくるパフォーマンスアーツがどのような人々のつながりと影響を与えるのかという内容です。普通に暮らしていると出会えない人々、そして彼らの抱えるバックグラウンドは大きな影響を与えますが、やはりパフォーマンスアーツとして出会うことは、人々のコミットメントを生み出し、学びも大きくなりますよね。別にここでの事例である海外のグループだけじゃなくてもだいじょうぶでしょう。
第3部は演劇をもちいた教育の事例です。演劇ワークショップを通じた社会的スキルの獲得や子供達とのふれあいは、特別な機会と学びを生み出す原動力になることがよくわかります。それは教育に携わる方にも同時に大きな学びをもたらします。この相互性が演劇のもつ力ですよね。
第4部は社会課題の解決に演劇が用いられる事例です。「アートの可能性」と題されるように、演劇のもつ可能性はここまであるのだと考えさせられるでしょう。
演劇はそれが学校内であっても外であっても、学校でもたらされる教育機会を超えたものをもたらすことがよくわかります。同時にそれは演劇関係者と社会との結びつきにより、ある種の社会インフラとしての劇団、演劇となることの可能性を示しているといえます。地域にとって重要な存在になれるかは、まず演劇関係者の方から社会にアピールしていくことから始める方が手っ取り早いでしょう。いい本でした。