演劇ブックレビュー 第1回

平田オリザ『演劇入門』講談社現代文庫、1998年

 平田氏は現代演劇の一つの潮流である「現代口語演劇」の旗手であるとともに、すぐれた理論家でもあります。そのことを証明するのが本書であるといえるでしょう。
 本書は演劇人、主に演出家がどのように戯曲を書いていくかという大きな問題に意欲的に取り組み、氏のノウハウを惜しげもなく披露するとともに、演劇という活動の背後にある論理を明快に、わかりやすく説明しています。その主張の根幹となるのは、「演劇は、観客の想像力に委ねる部分の多い表現」(p.69)であり、表現者と鑑賞者の間での「内的対話によるコンテクストの摺り合わせ」(p.191)ということです。
 本書を手に取ると帯には「画期的演劇論=私はいかに観客を騙すか」と書いてありますが、これは全くの誤解です。どんなに平田氏の批判的な立場に立っても、本書を読んで氏が観客を騙そうとしているとは思えません。本書を出版した出版社の意義は大きいですが、これはいただけません。
 第1章では、「演劇におけるリアルとは何か」という問題が提起されています。それは演劇における「ダメな台詞」を考えることで、われわれにもわかりやすくなっています。よくできた例です。そして演劇が、作り手と受け手(観客)の相互作用であるという主張が展開されています。「伝えたいテーマはないが、表現したいことは山ほどある」という氏の主張は、賛否両論あるとは思いますが、節ごとに断りを入れながら1歩1歩進んでいくような論理展開は、好感が持てます。
 第2章では、平田氏の戯曲やほかの戯曲を具体的に用いながら、戯曲を書く前の設定を考えるプロセスを説明しています。このようなノウハウを披露して本当によいのかと思いますが、氏の「戯曲術というのは、普遍化されずに、一子相伝のような形で今日に至っている」(p.27)現状を憂いてのことだと思います。ただそれを取捨選択するのは全国の戯曲家一人一人であって、平田氏のやり方をただ鵜呑みにせず、自分にあったやり方を考えるのがよいと思います。
 本章では2つの概念が提示されています。「セミパブリックな空間」と「想像力の方向づけ」です。「セミパブリック(semi-public)」というのは演劇的な架空の空間と現実の空間のバランスをとることをいっています。考えてみれば演劇的な空間はみんなセミパブリックということができますが、演劇的な考え方に現実味を加えるのがこれまでのやり方(演劇→現実)なら、平田氏は現実的な考え方をベースに、少しずつ演劇的な背景を加えていくやり方(現実→演劇)といえるかもしれません。
 「想像力の方向づけ」は、これまでの観客の思うままに想像を広げてもらうのではなく、ある程度それを方向づけて、演出のねらうところに観客の想像を導くという考え方で、それを念頭に置いての、演劇の冒頭での明確な問題提起を主張しています。これは観客に話の筋を分かりやすくする意味では非常に意義のある主張といえるでしょう。しかしこれも戯曲の性質に大きく依拠するもので、それをあとまでとっておいたほうがよい場合もあるでしょう。
 第3章では実際に戯曲を書き進めるプロセスを紹介しています。人物相関図やプロット、エピソードの考え方は、これまで誰もが知りたかった事柄だったと思います。そして戯曲を書くのに「想像力・記憶力・観察力」という3つのカテゴリーに分けられるとしています。そして「もしも(戯曲を)書き始めたら、とにかく最後まで書ききること」という氏のアドバイスは、戯曲を書いたことのある人なら、うなずけるものでしょう。
 本章の後半は、言語学の知見も用いて、「対話劇は可能か」という問題を考えています。「話しことばの地図」「冗長率」などの概念は多少難解で、これまでの章に比べて読み進めるのがしんどいですが、氏の戯曲の背後にある豊富な理論の一端をうかがい知ることができます。がんばって読んでみましょう。
 第4章は演出と俳優の関係について書いてあります。本章のタイトルにも使われている「俳優は考えるコマである」という氏の主張は聞いたことがある人も多いでしょうし、その中の大半の方は「なにぃ?」と思われたと思います(私も役者だったので、そう思いました)。本章ではそのことについて説明してあり、演出−役者という絶対的な階層関係を打破し、なおかつ集団としてのまとまりを出していくために演出として必要な「明確な線引き」(p.180)なのだそうです。だからといってわざわざいろんなところでいわなくてもいいとは思いますが、演出と役者の関係についての主張は非常に共感できるもので、それを考えるきっかけをわれわれに与えてくれます。
 そして本章と終章において打ち出されている概念は「コンテクスト(context)の摺り合わせ」です。役者と演出家は似たようなコンテクストを持っているべきであり、それを摺り合わせる作業が演劇を作るのに重要だということです。この部分もかなり難解ですが、重要なことをいっているのでがんばって読んでみましょう。言語のコンテクストと身体のコンテクストに分けていますが、その両方(台詞と動作)についての「考え方の枠組み」と言い換えられるかもしれません(註1)。人間はその枠組みによってものごとを考え、判断するので、その考え方が演出と役者の間で似ており、共有できるというのが重要なのでしょう。しかしそれがわかっていてもできない場合、あるいはできていると思っていてもできてないと演出にいわれるのは、役者なら誰でも経験することでしょう。その際重要なのは、役者は常に自分の演技(台詞や動作)を自分で意識しながら(モニターしながら)演技することであり、演出は役者に自分の考え方を的確に伝えながら、役者とコミュニケーションして考え方を共有しあうことだと思います。
 そしてコンテクストの摺り合わせは観客との間でも行われます。これが上演の際に行われる重要なことです。「多様な観客に対して、多様なコンテクストの共有の可能性を開きつつ、自らのコンテクストを開示していくこと。ここに現代演劇において戯曲を書くことの最大の困難の源泉がある」(p.192)ということです。終章では高校生がリアルな台詞が書けないことにふれ、ひいては演劇の役割について主張が述べられています。氏の演劇への情熱が感じられます。
 本書は演劇論の書としても、また戯曲の書き方を示した書としても、完成度の高いものといえるでしょう。「現代口語演劇」に関心のない方でも、氏のノウハウをかいま見るだけでも読む意味はあると思います。ただ、あまりに明快にそれを開示してあるために、多くの戯曲家がそのやり方を取り入れてしまうと、多くの演劇が同じようなものになってしまうという危惧を抱いてしまいます。また本書のノウハウはある程度、「現代口語演劇」に特有のものもあり、それと質的に異なるスタイルの演劇には向かない場面もあると感じます。戯曲家は自分の作風をよく理解してから、自分にあった部分だけを取り入れることを念頭に置くべきでしょう。
 しかし、本書がまさに画期的な演劇論の書であることは疑いありません。また新書という安価なメディアで出版されたことは、大変有意義なことであると思います。このような書が今後も出てくることを望みたいです。


註1:「考え方の枠組み」という概念は、心理学では「スキーマ(schema)」といわれます。くわしくは同じ講談社現代新書から出ている、加護野忠男『企業のパラダイム変革』(1988年)を読んでみてください。経営学の本なので、演出と役者の関係を考えるヒントがあるかもしれませんよ。ちなみに著者は、私の先生です。

(1999年1月20日)

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