演劇ブックレビュー 第14回

妹尾河童「河童が語る舞台裏おもて」文春文庫、1998年


 「役に立つ本」の条件とは何でしょうか。もちろん「ためになる」こと。ためにならなければ役に立つ本ではありません。次に「おもしろい」こと。いくらためになる本でも、途中で投げ出してしまっては役に立てません。そしてもう1つ、「安い」こと。どんなにおもしろくてためになる本でも、1万も2万もするようではそもそも手に届きません。この3つの要素をすべて兼ね備えた本はなかなかありません。そんな本を探してこの演劇ブックレビューはやっているつもりなのですが…。

 ありました。そんな本が。この企画は、こんな本をご紹介するためにあります。

 舞台美術家、妹尾河童氏がスタッフワークのことを余すことなく語った本が文庫になっています。妹尾氏はもちろん、この本を文庫化した方々に、こころから敬意を表します。この内容で700円しないとは、信じがたいお得さです。
 内容は本職の舞台美術はもちろん、すべてのスタッフワークについてエキサイティングにふれています。著作がたくさんある氏の語り口は軽妙でやさしく、最後まで楽に読み通すことができます。次に写真や図の多さ。カラーを含めた多くの写真、直筆の道具帳やイラストなど、初心者でも目で見て楽しめます。この本は演劇好きの人&カメラマンとの対話を中心に展開されていますが、カメラマンの写真が、現場での驚きをよく伝えてくれててグッドです。そして少しでも舞台に携わっている人なら、その惜しげのないノウハウの公開に驚くばかりでしょう。舞台美術の常識から不可能を可能にする「転換の河童」の本領発揮の超絶テクニックまで、余すところなく紹介されています。

 まず舞台美術の歴史のような導入から、江戸時代のステージワークや、レオナルド・ダ・ヴィンチの舞台製作の話など、なかなか見ることができないエピソードが紹介されます。そこから話は、回り舞台の話にふれながら、徐々に舞台転換のテクニックの話に。このへんの流れはうまいですね。説明の詳しさは、その流れの良さでもわかります。具体的な舞台のエピソードを話し、どんな問題があって、それをどうやって解決したかを語るとともに、その舞台の道具帳と、実際の上演時の写真を使って、われわれも目で確かめることができます。仕掛けについては裏から見た図や、実際に使った仕込み前の道具の写真など、至れり尽くせりの説明です。すぐ自分の舞台に応用できるほどですね。
 次はどうやって「作り物」を「実物」らしく見せるかのテクニック。大道具の基礎技術はもちろん、クリエイティブな発想なしには実現不可能なアイデアが、これまた同じように写真付きで紹介されています。実際の舞台写真と、そのアイデアの説明の図が比較できるようになっていて、とてもわかりやすいです。そんな中でも策に溺れることなく、「(予算の)多い少ないにかかわらず、無駄金を使わないことは、イロハのイの字である」(p.82)と、さりげなく訓示してくれるのもありがたいですね。

 この本のすばらしいところは、スタッフワークが決して一人でやるのではなく、多くの人、職人気質を持ったすばらしいスタッフの人々との協働作業であることを、折に触れて強調していることです。そういう流れから、河童氏の仕事から、ともに舞台を作り上げるすばらしき職人たちの紹介に移っていきます。まずは大道具ですが、実際の製作現場の紹介や、「彫刻のセットを彫る名人」「雲を描く名人」が紹介されたり、その人々と河童氏とのコラボレーションの様子など、演出家や制作とのかかわりあいもなにげなく紹介されていて、参考になります。
 そこから話は舞台美術家の視点から、舞台監督、衣装、かつら、靴、小道具、照明、効果(フライング)、音響と、名人の説明を借りながら紹介されています。あくまで職人の説明を聞くというアプローチが、文章をとても読みやすくしています。職人たちはみんな、自分の納得行く仕事を求めて、時には赤字覚悟でがんばったり、いつもしんどい思いをしながらもやっぱり自分の仕事と舞台が大好きだという思いにあふれています。河童氏もそんな人々を信頼し、誇りに思っていることが伝わってきます。「できる舞台監督」の話、昔の照明の「塩水抵抗」の話、からくりのすばらしさを伝える「ピーター・パン」のフライングの話などは特にすばらしいです。

 そしてこれもなにげないですが、舞台監督の土岐八夫氏、演出家の佐藤信氏との会話形式で、公演「どん底」の最初から終わりまでのコラボレーションの様子を回想し、そのプロセスを公開しています。演出家と舞台美術家のアイデアがまとまっていく様子がわかってとても示唆に富んでいます。そして締めには自治体の無意味な劇場建設に意見を述べ、理想の劇場について一言ふれています。
 もちろん意図しているとは思いますが、本書は演劇を全く知らない人にも面白いですが、それ以上にすべての演劇人にとって役に立ちすぎです。スタッフワークに携わる人にとってはアイデアとテクニックと知恵の結晶として、役者しかやらない人にはスタッフワークの大切さとおもしろさを伝える座右の書として、芝居はやらないけど見るのは好きという人には、舞台の奥深さとおもしろさを濃い濃度で楽しめるごちそうとして、そして「芝居ってなんやのん?」という方には、演劇のイメージを的確に伝え、役者の演技だけではなく見所がいっぱいあるということを存分に学べる入門書として。すべての人におすすめできる良書です。少なくとも芝居に関わっている人は必携といってもよいでしょう。今すぐ700円を持って書店へ。本書のような本がもっと出版されることを望みます。


(2002年3月7日)

購入される方はこちらからどうぞ。


ご意見は会議室またはこちらのメールへ。

Created by Yuichi Matsumoto
ファンレター等のメールはこちらへ。

演劇ブックレビューへ戻る