演劇ブックレビュー 第15回

扇田昭彦『日本の現代演劇』岩波新書、1995年

 何事も歴史は重要です。先人のやってきたことを知ってこそ、新しいことができます。自分がやってきたことがすでにやられていたりするととてもショックですし、ましてやそれが新しいことだと思っていたとしたらちょっとみっともないですよね。何がやられていて、何がやられていないのか、それが重要です。
 しかし歴史を振り返るのはとても難しいです。高校の歴史の授業のように「基礎からよくわかる日本史B」とかあればいいのですが、そうもいきません。しっかりと、またお手軽に演劇の歴史を知る方法はないものか。本書はその問いに対する最良の答えの一つであるといえます。

 筆者はいわずとしれた日本を代表する演劇評論家です。その筆者が小劇場演劇の歴史について、わかりやすく紹介しています。「小劇場の歴史書」というのがいいところで、別に新劇や歌舞伎の歴史はいい、と思っておられる方にも最適です。
 本書が一番力を入れているところ、実に少ない紙面の半分以上を使って紹介しているのは、小劇場演劇の草創期、1960年代です。序章はいきなり、状況劇場「紅テント」の最初の公演の回想から始まります。新劇という既存の演劇に対する新しい表現として登場した「紅テント」に、驚きと開放感を覚えた筆者の回想はとてもおもしろいです。この1960年代から小劇場演劇ははじまったのです。有名な管孝行の新劇批判のことば、「五十歳になった新劇よ、地球をその分まで逆まわしして、河童の国のニヒルな赤子のように、生まれる前に堕胎されてしまえ、もし、根本的に変革されぬならおまえは生まれないほうがよかったのだ」(註1)という鮮烈な批判がこの時代にあったわけです。いい言葉、いい表現です。

 1960年代にうまれた小劇場演劇には、学生劇団を母体とする劇団と新劇劇団から発した劇団の2つの流れがあること、そしてそれをやるには「新劇のシステムに従う道を拒否し、貧しくても自分たち自身の自立した劇団を作る方向へと大きくハンドルを切り替えたのである。それは今想像する以上に勇気がいる選択だった」(p.12)ということが述べられています。昔は今以上にしんどかったんですね。そしてもう一つのキーワードは「安保闘争の共通体験」があることです。それは各劇団に大きく影響を与えているのです。そしてその闘争に深くコミットした青芸(劇団青年芸術劇場)の活動を経て、本格的に小劇場演劇はスタートします。「既成新劇を否定し、かつ青芸をも否定したところで六〇年代後半のルネサンスがはじまった」(p.19)のだそうです。
 本書は演劇界の流れというよりも、その時代を代表する劇団の活動を紹介するスタイルをとっています。1960年代を紹介するメインの第1章では、唐十郎の状況劇場、鈴木忠志・別役実を中心とする早稲田小劇場(SCOT)、佐藤誠を中心とする68/71黒色テント(黒テント)と、そこから分かれたオンシアター自由劇場、蜷川幸雄と清水邦夫を中心とする劇団現代人劇場(→櫻社)、そこから石橋蓮司らを中心に結成された劇団第七病棟、太田省吾の転形劇場、金杉忠男の中村座、そして寺山修司の天井桟敷がおもに紹介されています。内容はとてもおもしろく、新劇に負けずに市民権を得よう、自分たちの主張を伝えようとする劇団の熱さがもろに伝わってきます。読んでいるだけで活力を感じます。筆者の見た公演の感想、主宰へのインタビュー、時代背景と社会の事件とのかかわり、劇団の興隆と衰退。それらがとてもいきいきと書かれていて、本当におもしろいです。
 第2章では70年代として、大ブームを巻き起こしたつかこうへいを中心に、山崎哲の転位・21、竹内銃一郎の斜光社、岡部耕大の劇団空間演技などが紹介されています。つかブームが起こった背景を60年代との比較から明確に描いています。そして第3章からは80年代として、大きく野田秀樹の夢の遊眠社のブームと、渡辺えり子の劇団3○○、如月小春の劇団綺畸とNOISE、岸田事務所+楽天団の岸田理生、劇団青い鳥などの女性劇団の台頭をとりあげています。そして終章は鴻上尚史の第三舞台をはじめとした、80,90年代の劇団についてかんたんにふれています。70,80年代の劇団をはじめて見たときの新鮮な驚きを率直に表現している点が、われわれの体験とオーバーラップしてエキサイトします。またこれも80年代の演劇興業の特徴と作風の変化についてふれているところが興味深いです。
 本書の白眉は繰り返しになりますが、劇団についてその歴史と興亡、作品の特徴となぜそれが受け入れられたか、などについてわかりやすく説明している点になります。やはりすばらしい劇団はすばらしい独自性があるんだと思わせます。特に本書の中心となる60年代は綿密かつわかりやすい。すばらしいです。

 ただ難をいえば70年代以降が紙面の都合でやや短いことです。しょうがありませんので、それは扇田氏の他の作品でみることにしたいですね。たとえば『劇談―現代演劇の潮流』『舞台は語る―現代演劇とミュージカルの見方』など。これはのちにレビューしたいところです。

 いずれにしても本書は演劇の歴史を振り返る上で貴重な一冊といえます。本書のような本がもっと出版されることを望みます。


註1:管孝行「戦後演劇−新劇はのりこえられたか」参照。


(2004年2月8日)

購入される方はこちらからどうぞ。こまめにチェックすれば再刷されますよ。また扇田氏の他の著書としては、文中にも紹介した、

などがあります。


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