演劇ブックレビュー 第16回


朝倉摂『朝倉摂 舞台空間のすべて』PARCO出版、1986年

 すべての演劇にとって舞台美術は重要です。舞台美術は役者や演技をひきたたせ、ストーリー展開を助け、感動を与える手助けをしてくれます。しかし、舞台美術は「美術」の名を持つそれ自体がアートであり、芸術でもあるのです。それがそれ自体、メッセージ性や主張を持っていても何の不思議もないと思うのは、僕だけでしょうか。

 私事ですが、僕は大学で演劇に携わっている際、スタッフは舞台美術を担当していました。まったく絵心なし、仕事もおおざっぱな僕がこういう仕事をするのはだめなのですが、心がけていたことは、舞台美術自体に何かしらの主張を込めることでした。どうせ緞帳などない小さな空間でお芝居をする以上、お客さんは会場にはいると、まず誰もいない舞台を目にすることになります。そこでまずお客さんにはっとしてもらうこと、これを心がけていました。

 しかしなにぶん田舎の大学で素人揃いということもあり、舞台美術自体どうしてよいかわからないというところからはじめなくてはなりませんでした。そこで自分の助けになったのは3つ。先輩や後輩とのディスカッションによって知恵を出すこと、先輩でもある照明業者の豊富な知恵、そして3つめは今日ご紹介する、朝倉摂の舞台美術書でした。ですので今日の『舞台空間のすべて』と、そのうちレビューするであろう『朝倉摂のステージ・ワーク2』は、いつも僕のバイブルでした。

 前置きが長くなりましたが、本書は日本の舞台美術界の巨匠、朝倉摂のノウハウがみっちり詰まった舞台美術に携わる人間の必読文献です。特に舞台美術でアート面を追求したいという方には最適です。
 本書の特徴はまず、朝倉氏の舞台美術論がしっかり書かれている点です。「舞台美術家の仕事というのは、本(戯曲)のもっている意味をどうしたらビジュアルにコミュニケーションできるのかを考えることだ」(p.7)、あるいは、「私が舞台美術についてぜひいっておきたいのは、誰でも知っているように、舞台の仕事は、あくまでも共同作業であるということだ」(pp.8-9)、あるいは「つまり演劇は、虚構の世界だということだ。いくら自然に見せようと、壁紙なら、本物の壁紙をそのまま舞台にのせても、けしてリアルには見えない」(p.13)など、金言にあふれています。

 また、舞台美術のプランニング・プロセスに沿って、実際のプランニングに対する意見を、実際行った事例で解説しているのも役に立ちます。ギリシャの野外劇で空間のとらえ方に違ったアプローチを用いたりするところなどは、なるほどと思わせます。

 次の重要な特徴は、本書には朝倉氏が実際に行った舞台芸術の仕事が、カラー写真で抱負に掲載されていることです。百聞は一見にしかずを地でいく本書、エッシャーのモチーフを舞台に活かしたり、傘の骨、鏡、紗幕、ぼろ布、金属素材などを、おそるべきクリエイティビティで舞台にいかしているその実例は、大きなインスピレーションをもたらしてくれるでしょう。僕もやりましたよ、エッシャー。
 朝倉氏は自分でいっているように「階段」というモチーフが大好きです。さまざまなところで階段が登場します。その使い方も実に理にかなっていて、逆に美術が演出をインスパイアするような、強力なメッセージ性を発揮しているようです。
 役に立つコンテンツとしては、実際のプランニングに沿った解説をより具体的にするために、「ピサロ」というお芝居の企画提出から搬入までの具体的なプロセスを解説しています。イメージ・スケッチから舞台模型、製作工程や搬入の様子は、本当に役に立ちます。

 また、小道具、衣装や照明にも造詣の深い朝倉氏は、それぞれについてのお話もしています。小道具と衣装で「にせ物でも使い様によっては本物にみえることもある。それも大劇場の時と小劇場の時とでは自ずから違うのであって、その空間を考慮に入れなければならない。(中略)そうした実際の空間の計算ができるのをプロと呼んでいいと思う」(pp.42-43)といった知見にあふれた言葉がでてくるのです。

 照明との共同作業は最も重要なものとしてとらえています。「照明は魔物の如く不思議なものである。『形がなくて光だけあるなんて、実に進んだ仕事だ』とは、私が友達の照明家を尊敬していう言葉だ」(p.98)は、実に名言ですね。その共同作業のプロセスを、1つの作品をめぐって、朝倉氏と吉井澄雄、立木定彦、古川幸夫といった照明家たちがどう考えて仕事をしているかというのを、並行的に描き出しています。この「舞台美術と照明の共同作業から」というコンテンツは、企画の勝利というか、なんて貴重な資料を提供してくれるんだと頭が下がる思いのするものです。

 そして歌舞伎から海外の劇場にまつわる話を経て、最後に劇場についてふれています。「"多目的ホール"は、実は、私の一番嫌いなものである。何でも出来るという、一見便利そうな多目的ホールが、実際は中途半端で、何にも使えないという現実である」(p.159)という主張は、なるほどなるほどと思わせます。このように、舞台美術にまつわる多様なテーマについて考察を加えているのも見逃せないところです。
 このようにアートとしての舞台美術を志向する朝倉氏は、本人もふれているように、「こうしたやりすぎが、あるいは朝倉摂の舞台は饒舌だといわれるところかもしれない」(p.95)といわれるのかもしれませんが、「芸術家の作品が饒舌で何が悪いんだ」と思います。しゃしゃり出ずに舞台の役者を活かすというのが舞台美術の使命であることは間違いありませんが、だからといって舞台美術家がまったく世間の耳目を集めない、裏方の存在でなければならないという意見にはあまり賛成できません。もっと舞台美術自体が明確な作品であり、評価されるべき存在であるということを、もっと声高に主張してもいい。それが舞台美術だけではなくすべての裏方の地位向上にもつながりますし、その意味で舞台美術はその先頭に立つべき存在でなければなりません。その意味でも朝倉氏の業績と、それを紹介する本書は意義深いのです。
 本書は舞台美術、そして演劇に対して様々な面でインスパイアする良書です。本書を見た舞台美術担当の方。最初は真似でもいいじゃありませんか。どしどし主張していきましょう。最初に入った瞬間にお客さんをはっとさせる、驚かせる。実は舞台美術はつかみの前の先制攻撃であるともいえますよね。これを読んで「攻めの舞台美術」、追求していってはいかがでしょうか。また演出の方。「オレもこんな舞台作ってほしいな」と思ったその気持ちを大事にしてください。すぐに舞台美術担当の人と居酒屋やファミレスで話しましょう。それが演劇で一番大事な「共同作業」のはじまりなのですから。
 …多少自己主張が過ぎたようですが、とにかく本書は必読です。本書のような本がもっと出版されることを望みます。


(2004年6月3日)

購入される方はこちらからどうぞ。また朝倉氏の他の著書としては、

などがあります。


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