演劇ブックレビュー 第17回


三谷幸喜『オンリー・ミー 〜私だけを』幻冬舎、1997年

 本書は、劇作家・脚本家の三谷幸喜氏のエッセイ集です。コメディに絶大な力を発揮する同氏だけあって、このエッセイもとてもおもしろいです。その中でも、東京サンシャインボーイズを率いていたときの劇団との関わり合い、その中で外部の仕事を引き受けはじめ、いろいろな人との出会い、忙しい日々の中で脚本を執筆していくプロセスなどが、おもしろおかしくつづられています。

 もちろん本書のメインはこの抱腹絶倒のエッセイなのですが、この演劇ブックレビューでとりあげる以上、演劇人についてメリットがあるものでなくてはなりません。それが、最後の章「大演劇論」でつづられています。と思うのです。きっと三谷氏はそんなつもりで書いたものではないとおっしゃると思うのですが、ここはあえて、そういうふうに解釈してみたいと思います。
 最初の項「面白いということ(1)」。ここでは3項にわたって、三谷氏の考える「面白いということ」が考えられています。(1)は「窮地に陥った人間の土壇場の知恵。そこには『笑い』だけではなく、大げさに言えば、必死に生きようとする人々の『悲しみ』や『業』までが見え隠れしている。そういったことをひっくるめて、つまりは『面白い』のである。『おかしい』のである。『生きる勇気』が湧いてくるのである。」(pp.221-222)(註1)ということが書かれています。ここには三谷作品のエッセンスが隠れていますね。戯曲を書く際は参考に出来るポイントです。(2)では、「あっという間の二時間」を実現させることの重要性を指摘しています(?)が、他方で、戯曲執筆の際にあえて制約を多くすることで、おもしろさを引き立てることが出来るという可能性を示唆していると考えられます。(3)はかなり深いと思うのですが、面白さを「現象」や「事実」よりも、人との「関係」や「心理」に求める方が「面白い」ということを指摘しているように思えます。

 次項の「目録」は、戯曲家の苦悩をより表していますが、これはその次の項と関連して考えると意味が出てきます。要は「これだけ無理をしても戯曲を書け」ということなんだと思いました。
 第3章のメインは最後の「八方美人論 〜あなたもすぐに座付になれる」でしょう。これは東京サンシャインボーイズのことをよく知っていれば、ものすごく笑えること請け合いです。内輪受けの要素も強いですが、ただそれだけではなく、「座付き作家にとって重要なこと」を指摘していることが大きいです。
 座付作家(一つの劇団に専属で戯曲を書き下ろす人:p.232)は、通常は劇団結成時にすでに劇団員の一員になっていることが多いと思います。そこで大事なポイントについて、三谷氏は7つのポイントをあげています。きっとネタバレしてもおもしろいと思うので、あえてあげてみますと、
(1)西村雅彦の出番を多くすること。
(2)西村雅彦の登場シーンを印象的にすること。
(3)西村雅彦を印象的に退場させること。
(4)小林隆の台詞数を一定にすること。
(5)相島一之を窮地に陥れること。
(6)阿南賢治と甲本雅裕をからませないようにすること。
(7)梶原善の台詞にはあまり難しい漢字を使わないこと。

 です。読んだことのない方はなにがなんだかわからないと思うのですが、これらのポイントは総じて、「いかにして劇団の役者全員に役を振り当てるか」、「いかにして役者一人一人にその技量にあった役を与え、しかもそれぞれに見せ場となるシーンを振り当てられるか」(p.233)というポイントに尽きます。ここは三谷氏にとってはオチなんだろうと思いますが、やはり大事というか、これだけ苦労して役を割り振る気遣いこそが、座付作家には必要なんだということを教えてくれます。それは7つの各役者への配慮(ここではこういいましょう)にも表れているように、各役者の個性、性格、得意・不得意、役者間の関係を把握することの重要性につながります。そして、各役者がもっとも輝けるシーンを早く見つけ出し、マンネリといわれようが何回でもそれを使うことが、作品をよりよいものへと仕上げ、公演、ひいては劇団の発展へとつなげる近道であることを示しているのです。

 そこから三谷氏は「役者の数だけ課題はある」(p.241)として、それらをクリアすることと、執筆のスピードについて考察しています。ここで理詰めで考えているのですが、意外にこれは劇団運営にまつわるある種の「法則」を表しているのではないかと評価できるわけです。そこについて抜粋させて頂くと、
一般に、登場人物五人の芝居(二時間)を一ヶ月で書ける作家がいたとして、その作家が締め切りを延ばす日数は、登場人物がx人増えるにつれて、三掛けるxの二乗日ずつ増加すると言われています。例えば、登場人物が五人増えて十人になった時は、五の二乗掛けることの三で七十五日が加算されるわけです。(p.241)

 意外にあたってそうですよね?そして「座付き作家の辛いところは劇団の都合でスケジュールが決定することです。年に三回公演があるとして、稽古期間と公演期間あわせて三ヶ月と考えた場合、全部新作だったとしたら、執筆に掛けられる日数は、一本につき一ヶ月しかないという計算になります。どう考えても無理があります」(p.241)というふうに論を進めていくわけです。これも十分納得できるところです。

 しかし。これで三谷氏は「このペースで公演をおこなうのは無理である」という結論に持って行くことをしていません。「稽古初日に本が完成していないという状況が生まれてきます。むしろ稽古が始まった段階で、最後まで本が出来ているほうが珍しいといえるかもしれません」(p.241)という状況にして、それでもこのスケジュールで押し切ることをむしろ勧めているのです。そしてそんな状況を乗り切るその場しのぎの知恵をいろいろ披露してくれるわけなのですが、この部分は非常に示唆深いところだと思います。公演の回数を年に3本の新作のペースで公演を進めること、これが劇団にとって重要であると指摘しているのです。
 三谷氏の指摘しているように、このペースにはもともと無理があります。しかし、年3回のペースで新作を出す劇団は、たぶん地域でもそんなに多くはないでしょう。それにより、地域での存在感を一気に高めることが出来ます。Aという劇団は1本、Bという劇団は昨年末以来公演なし、そしてCという劇団は今年は3本の新作を出した。具体的に考えれば一目瞭然です。それだけ「公演数」と「新作」は劇団にとって重要であるという指摘なのです。そして無理を承知でスケジュールを進めていくことは、可能であるとしているのです。そりゃ大きな劇団であれば、仮に公演中止の憂き目にあった際はえらいことになると思います。宣伝費が無駄になったり、余計な出費がかさんだり。でも、地域の小さな劇団ならばそれも大丈夫。公演が出来るめどが立ってから、宣伝を開始すればいいのです。ホームページなどで予告はしておいて、チケット発券作業を1ヶ月前からはじめても、そんなにお客の動向に絶大な影響が出るとは思えません。大切なのは公演数を増やすこと。これだと思います。

 それから、このような無理なスケジュールを組んでみることで、劇団が成長するというメリットもあると思います。座付作家はハイスピードな執筆のこつをつかむことができることはいうまでもありませんが、このことによってもはや、座付作家が劇団のすべてを管理するというシステムが通用しないことを悟ります。そこで制作、マネジメントといった管理業務を他の人に移管することになり、ひいては座付が執筆に専念できる環境を作り出すことが出来ます。また、修羅場をくぐることで劇団全体が成長していきます。組織に過大な負荷を掛けるような経営方針をとることで、組織を成長させる戦略のことを「オーバーエクステンション」といいますが(註2)、まさにそれを地でいくことが出来るでしょう。
 本項は最後には座付き作家のよいところなどにもふれた上で、人に気を遣える人は誰でも座付になれる、「この場合、劇作家としての才能はそんなに関係ありません」(p.244)と締めています。これだけは納得できない、三谷ならそういうことはいえるんだろうけど、とは思いますが、以上のように終章では、座付作家の視点を通じて、劇団マネジメントに対する重要な提言をしていると読むことが出来ます。野望があるのに伸び悩んでいる劇団には参考になるところではないでしょうか。
 もちろんそれらの示唆がなくても、本書はエッセイ集として面白く読めるものです。特に劇団関係者にとっては、つぼにはまる箇所もあるでしょう。本書のような本がもっと出版されることを望みます。



註1: ここで引用されたページ数は、ソフトカバー版のページ数です。このブックレビューではより安くということで、文庫版をおすすめしています。
註2: ここでの経営的なワードについては、伊丹敬之・加護野忠男『ゼミナール経営学入門』日本経済新聞社、2003年を参照。
註3: ここでのメインとして取り上げた「八方美人論 〜あなたもすぐに座付になれる」については、渡辺えり子・北村想・成井豊・大橋泰彦・鄭義信・内藤裕敬・三谷幸喜・如月小春『劇作家8人によるロジック・ゲーム』白水社、1992年に所収されています。


(2004年6月6日)

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