演劇ブックレビュー 第2回

佐々木晃彦(監修)・山田幹弘(編)(幹の「干」が旧字体の「羽」)
『芸術経営学講座3 演劇編』東海大学出版会、1994年


 「芸術経営学」という新しい分野は、演劇の発展に貢献する、大変有効な学問であると思います。しかしこの「演劇編」については、劇団四季さんのような大劇団を対象にしており、本当に芸術経営学の知見を欲しているような、地域に根ざした活動をしている中小の劇団には、役立つことは少ないといわざるを得ません。しかし本書の意義自体は大きく、実際に役立つ箇所もあります。
 監修者の担当する序章「いまなぜ芸術経営学か」は、日本の演劇界、もっといえば芸術界の直面する現状がよく叙述できていると思います。特に「地方の独自性を明確にする“土着性を伴う多様な芸術文化の花”が咲くことが地域活性化の原点であり、文化国家日本の出発点ともなる」(p.6)という主張は大変うなづけるものです。そして行政サイド・民間企業サイド・芸術団体・芸術家サイド・市民サイドが一体となった活動、それを可能にする人材の育成が重要だとしています。
 このままいけば大変役に立つ本だと期待して第1章に行くと、いきなりさまざまな劇場のデータ集のような章になってがっかりします。関東にどんな中小の劇場があるかをちょっとだけ知りたい人は読んでください。第2章は「演劇制作のための組織」というタイトルで、経営組織論(一応)の私としては注目してしまうのですが、執筆者がもと劇団四季の社員なので、大きな組織のことを細かく説明しています。この組織図に属する社員の人数すら、観客が集められない劇団がたくさんあるという現実は考えられていないようです。第3章はその制作バージョンで、とりあえず、動員率75%で1億円以上の興行収入という目標が立てられる劇団なら役に立つでしょう。
 第4章は広報活動なのですが、これも総宣伝費を900万円強使うんだ、という劇団なら読んでみてください。第5章は、公演の利益(または損失)が「収入−支出」から成り立つ、という至極当たり前のことを詳しくいっています。しかし演劇は金がかかり、その管理をきちっとしなくてはいけませんよ、というメッセージは伝わってきます。
 第6章は「劇場のメカニズム」として、劇場の成立からその設備までが詳しく書いてあります。演劇を研究する人には有効かもしれません。また3,4節は舞台スタッフの用語集のようになっています。そして5節の最後に収支表が出ていますが、どうも単位は(万円)となっています。それがなければ結構実用的…これはいいすぎです。すみません。しかしこの章は実用性という意味では全体の中では高く評価できます。第7章はホールの運営にかんする章で、後半の民間ホールの事例は役に立つところもあるかもしれません。第8章は法律や契約にかんする章で、そういうのが必要になるほど大きくなるまでは役に立ちません。
 第9章は「演劇祭−演劇による街づくり」です。本章がこの本の白眉といえるもので、ここだけは自信を持っておすすめできます。中小の劇団が集まって、また他の地域からも劇団を集めて開催される演劇祭は、地域の活性化と演劇文化の振興を達成する大変有効な手段だと思います。海外の演劇祭の説明はおいといて、日本の演劇祭について、富山県、長野県、福岡県の演劇祭を取り上げています。特に東京国際演劇祭の詳細な事例とその問題点の整理は、地域で演劇祭を開催する際の示唆に富んでいます。そして演劇祭を成功させるポイントを整理し、そのためには成功させる情熱が不可欠だと結んでいます。インフラの問題のほかに人手がかかる演劇祭には、行政の後押しとボランティアの有効活用が不可欠だと思います。しかしそのような資源も効率よく配分しなければODAと一緒です。よく考えられた運営が求められますね。
 最後には監修者あとがきがありますが、監修者の思想がよくうかがえます。特に日本の事情を中心に紹介し、独自の演劇運営のための学問を模索しようとしている姿勢は高く評価できるものです。問題はその思想が執筆者全員に浸透していたのか、ということでしょう。また、この本はそもそもどのような人々に役立てて欲しいと願っているのでしょう。率直に言ってこの本が役に立つのは、すでにある程度の黒字を出すことのできる大劇団に限られ、そのような劇団がより効率よく収益を伸ばすことができても、はたして日本の演劇文化に大きく貢献するのでしょうか。重要なのは地域に根ざした演劇活動が文化レベルの底上げをし、それぞれの地域の独自性をいかしながら、情報を発信していくことだと思います。そのためには「演劇に対するたゆまぬ情熱はあるが、演劇では食べていけない」と悩んでいる劇団が非常に多いことを、まず認識すべきではないかな、と思いました。
 しかしこの本は読まなくていい、といっているわけでは決してありません。大劇団や劇場の運営ノウハウを知るにはこれ以上の本を探すのは困難ですし、中小の劇団にも役に立つ箇所はたくさんあります。また「芸術経営学」がもっと発展すれば、必ず中小の劇団の運営に役立つ研究が出てくるはずです。そういう意味でも、このような本がもっと出てくることを望みます。


付記:この『芸術経営学講座』は全4巻あり、美術・音楽・演劇・映像から構成されています。特に4巻の「映像編」は、大変役に立つ良書だと、友人の映画産業の研究者がいっていました。


(1999年1月28日)


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