演劇ブックレビュー 第3回

阿坂卯一郎他(編)『アマチュア演劇 演劇・けいこの基本』青雲書房、1972年


 本書は、アマチュア演劇=高校演劇における稽古から、スタッフワーク、実際の公演の進め方、ひいては日本の演劇史まで幅広く取り上げた書です。初版からもう27年たっているので時代に合わないところもありますが、演劇における基本の稽古の重要さと、そのノウハウはよくわかると思います。

 なにしろ私が生まれる前に書かれた本なので(平成4年に印刷されているのでまだあると思うのですが…私は古本屋で買いました)、かなり時代に合わない部分が多いですが、今でも使える部分は多くあります。それを演劇の稽古の方法が進化していないと考えるか、時代を経ても演劇の本質的な能力というのは変わらないのか、わかりませんが。
 まえがきは「演劇を稽古する人々へ」として、心構えなどが書いてあります。日本人の自己表現の下手さは有名だが、演劇の稽古はそれを克服できるものでもあることは、とりたてて取り上げることもないと思いますが、対面恐怖症にロール・プレイングの療法が効果的であるように、自己表現がうまくなることは確かだろうと思います。
 第1章は「日常稽古」として、発声から寸劇を用いた稽古まで幅広く書かれています。特に発声訓練の部分は特筆すべきもので、発声のメカニズムに立ち入っての説明は、地道な発声訓練が重要であることをわれわれに教えてくれます。呼吸訓練はいささかスパルタ的に見えますが、重要なので仕方ありません。よくなんの訓練もせずに「そのうち」的にすぐ舞台に上げる劇団がありますが、台詞の言い回しや動きなどはともかく、発声の訓練は必ずやるべきだと思います。それができているかどうかは役者のスタートラインを決めるもので、できていない役者は本番直前に声が枯れて稽古が無駄になったりと、のちのちまで影を落とします。

 発声ではおなじみの「あえいうえおあお」から、五十音すべてに「例文」があったりと、内容が豊かです。どれを用いるかは劇団にもよりますが、「あえいうえおあお」や早口言葉などのいわゆる「無意味綴り」と、これまたおなじみの「あめんぼ赤いなあいうえお」などの「有意味綴り」に分けられます。発声のウォームアップとして効果的なのはもちろん「無意味綴り」の方でしょう。「あえいうえおあお」は声と同時に、顔の筋肉をほぐす(「あいうえお」ではなく「あえいうえおあお」なのはそのためでしょう)効果があり、アップには最適だと思います。しかし問題は「無意味」であるために、あまり楽しくありませんからついつい流してしまいがちになる点でしょう。でもここはみんなでWAになっておどる…いやお互いが見えるようにしてしっかりやるべきです。読む速さや長さを変えたりするのはやっている劇団もあるでしょうね。問題は「有意味綴り」の方ですが、はっきりいってこれはわざわざ稽古用のを用いる必要はないのではないかと思います。あまりウォームアップの効果は望めませんし、「あめんぼ赤いな…」を棒読みに読んでいる人を見ると、何をねらってやっているのかわかりま(B せん(でも感情込めて読まれても困りますが)。それよりも役者なら自分の台詞を少しでも練習する方がいいと思います。スタッフで稽古に参加している人は、自分の好きな台詞や、本書にも載っている詩の朗読などが思わぬところで役立つのではと思います。

 その他体操やエチュードのやり方などは少し時代遅れです。体操はわざわざ絵入りで説明していますが、ラジオ体操でも十分です。でもラジオ体操を無造作に取り入れるのではなく、ストレッチの本などを読んだ方が身体を痛めません。身近にダンスをやっている人がいれば、ダンスのストレッチはもっとも優れたものの1つだと思うので、教えてもらうといいと思います。
 第2章では「劇づくり」ということで、スタートから上演までの注意点が細かいプロセスで書かれています。宇野重吉氏の引用で始まる本章は、高校演劇の顧問の先生などの意見の引用が多く、役立つ面があります。演出プランの立て方や出入り表、道具リストなどは、キックオフ段階の劇団にも十分有効です。読み合わせの際に、台詞のどの部分が重要かを考えるという榊原政常氏の主張(p.120)は的を得たものといえるでしょう。台詞の理解度はこの点に一番はっきり出ると考えてもよく、演出でここを押さえることが、また役者でここを押さえられるかどうかは、それぞれの能力の指標になると思います。舞台上の注意のところは経験からの指摘が多く、役立つ人には役立つと思います。
 後半はスタッフワークについてで、基礎的な用語やテクニックを覚えるにはなかなか有効です。失敗のエピソードの引用は言い回しが古く(「ケチョンとなった」「エレキバンドはイカすがエレキは苦手だ」など)、かえって新鮮です。また高校演劇ならではのエピソード(女子はにきびがでるからメイクを薄くしてという、など)は、僕にはほほえましく感じられました(←齢)。
 第3章の「はなしことばと日本の演劇史」は、あまり実践的なものではありません。役立つ人には役立つかもしれません。
 本書の意義を一言で表すなら、「基礎訓練の重要性」といえると思います。著者の意図は別にある(「高校演劇に最適な教則本」など)と思いますが、何しろ20年以上前の本ですから。いくら演劇にかんする情熱があっても、現在の高校生が見て、「これはいい、すぐにやりたい」と思うとはとうてい思えません。それよりも重要なのは、昔の高校生でさえ、本書に紹介されているような高度な訓練(本書は実際の高校でのノウハウがかなり引用されています)が行われているという事実です。それは安易な稽古をする劇団に警鐘を鳴らしています。どんなによいストーリーでもそれを演じるのは役者で、その能力が観客の満足度に直結するというのは、時代が変わっても変わらないと思います。本書で紹介されている基礎的な部分と、現代の科学的なトレーニング法をあわせて取り入れることが、役者の十分なスキルを維持するのに欠かせないと思います。その意味では、本書のような本が多く出版されることを望みます。


(1999年2月1日)

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Created by Yuichi Matsumoto
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