演劇ブックレビュー 第5回

河野国夫『舞台装置の仕事』未来社、1956年

 本書は、初版が40年前という古さにも関わらず、内容の濃密さが本書が優れた舞台美術の入門書であることを教えてくれます。基本に忠実な道具づくりにとって、大きな武器となるでしょう。

 なにしろ40年以上前の本なので、旧字体が読みにくいです。「担当」が「擔當」、「舞台」が「舞薹」といった具合ですが、まあ、漢字の練習ということで。フィーリングで理解しましょう(註1)。それよりもその内容は、舞台美術だけでなく、演劇のあり方にも言及した、意味深いものです。
 第1節では「舞台装置の基本」として、筆者の考え方が述べられています。まず最初に「舞台装置=とは、舞台美術に内包されるところの、大道具・小道具を主体とした、造形美術的な感覚形象化への具体化を終えた状態をいい、舞台美術=とは、舞台芸術における、視覚上の副次的、美術的な感覚形象としての諸要素のすべてを包含したところの、抽象的な呼称である」(p.5)として、舞台「装置」と「美術」の定義が行われています。舞台装置が道具を含めた舞台の諸要素であるのに対し、舞台美術はそれらが総合的にまとまった、感覚的にとらえられるものであるとしています。アマチュア演劇では、雰囲気のある舞台なのに、こまかいところでぼろが出ていたり、またきちんと作っていても、醸し出される雰囲気に欠けるという舞台がよくありますが、参考になりますね。そのことは「舞台装置の担当者」のところでもふれられ、「舞台装置の設計担当を引き受けるものは、造形美術的な技術処理に堪能である以前に、何よりも演劇に対して深い愛情を抱くことである」(p.9)といっています。いい言葉ですね。そしてもう1つ、製作班のチームワークを大切にすることが述べられています。後の文章でも 、著者がチームを大事にしているところがよくうかがえます。
 第2節では「舞台装置の実際」では、構想から平面図、立面図の書き方と、非常に詳しいです。実際、紹介されているような舞台(盆に3面盛るような)はなかなか作れないと思いますが、とにかくイメージを大切にすること、彩色をすることなど、アドバイスは有効です。そのあとの「リポート」は、実際の舞台装置の製作を研究生が書いたもので、日記風で読みやすいです。中には夜食の心配をする箇所もあり、「大道具製作者達の一種やるせない気持ちをいやしてくれるのは、この夜食ぐらいのものである」(p.80)というところには、非常に共感がもてます(註2)。そして図面や細かな道具の作り方が絵入りで詳しく説明されていて、みるだけでも楽しいし、ためになります。

 第3節は「舞台装置の覚え書き」として、実際の公演で筆者が担当した舞台について詳しく書かれています。劇団の写真集などから舞台をみることはあっても、実際どのように取り組んだかはなかなか知ることはできません。舞台は大がかりで参考にならない(できない?)部分もありますが、舞台装置の心構えというものを知ることができます。このように、装置に限らずスタッフ・ノートを作ることは、劇団の成長にとって非常に大切だと思います。ひとがつくるものですから、いつ人がやめていくかはわからないわけです。せっかく培ったノウハウが人がやめてなくなったのではどうにもなりません。また、たまったノートは劇団の財産として受け継がれるでしょう。

 そして最後には、アマチュア演劇の舞台に対して批判を加えています。「おとなげない」というかもしれませんが、批判された当人にしてみれば、これほどありがたいことはないと思います。参考にしましょう。
 本書はよみにくいですが、それを補ってあまりある、舞台装置の実践的・基本的なノウハウにあふれています。これが1000円しない(本体:950円)のですから、大変お買い得といえるでしょう(註3)。本書のような本がもっと出版されることを望みます。


(1999年3月31日)


註1:ですので、このレビュー文では引用文でも、現代的な仮名遣いや表現になおしてあります。第3回といい、なぜ古い本ばかり?とおっしゃる方もいらっしゃると思いますが、わざとではないので。
註2:私は大学時代は舞台装置をやっていました。照明業者の人に本書を紹介され、夜食の大切さを実感しました(?)。必ずしも生産性を上げるものではありませんが、大切です。
註3:本書は「てすぴす双書」というシリーズで、他にも役に立ちそうな本があります。一度チェックしてみてください。

※この本はめったに出回ってませんので、どこかで探してみてください。

ご意見は会議室またはこちらのメールへ。


Created by Yuichi Matsumoto
ファンレター等のメールはこちらへ。

演劇ブックレビューのページへ