演劇ブックレビュー 第6回


天久聖一・タナカカツキ『バカドリル(いくよ・くるよ・頭痛・腹痛)』扶桑社文庫、1997,1999年

 本書はギャグ、特に「ナンセンス」のギャグが結実した最高峰のものといってもよろしいでしょう。芸風に関わらず、役者のギャグセンス、クリエイティビティを高める上で、力強い味方となることでしょう。いやむしろ、味方につける努力をすべきでしょう。
 役者には舞台においてさまざまなことが求められますが、その中でも最も重要な役目の1つが「笑わせる」ということでしょう。ストーリーの最初の方においては観客を話に引き込む、いわゆる「つかみ」においても笑いは必要ですし、ストーリーのどこにおいても的確なギャグを入れていくことで舞台はテンポアップします。特にそういう役回りの人、あるいはそういう芸風の人にとっては、どんどん観客を笑わせることが自分の存在感を高めることにつながるでしょう。ところが、劇作家の中には、あまり作品の中でギャグを入れていくことが苦手という人もいらっしゃいます。あるいは役者にその部分はある程度任せた、とする人もいらっしゃるでしょう。また役者の中にも、人を笑わせるギャグが思いつかない、うまく笑わせられないという人は大勢いるでしょう。そのような人々にとって強い味方となりうる可能性を秘めているのが本書です。

 「ユーモア学」という学問分野が最近あるそうですが、そこの研究に「ユーモア(ギャグ)はすべて『ずれ』から生まれる」という知見があります。しょーもないおやじギャグからとびっきりのギャグまで、よく考えてみると、人間社会の何らかに対して何かずれている(言葉や習慣、行動など)ことが、われわれに「笑い」という感覚をもたらすといえるでしょう。ここでより深く考えてみると、通常のギャグはいわゆる「ぼける」人はその「ずれ」について、ある程度自覚していることがふつうです。気づいていても知らないふりをして、笑いを誘う、あるいは「つっこみ」を入れてもらって笑わせる、というのがパターンといえます。それに対してぼける人がその「ずれ」を全く認識していない(あるいはそれを完全に演技する)状態、それがいわゆる「ナンセンス・ギャグ」の特徴の1つといえます。ギャグは明らかに「ずれ」を生じさせているのですが、それを当事者が認識していないという「もう1つのずれ」を作り出している、このような種類のギャグをここでは「ナンセンス」ということにします。『バカドリル』のギャグの多くはこの「ナンセンス」です。日本語でいえば「よくわからないギャグ」とでもいえるでしょうか。
本書は文庫化に際してもともと1冊だったものを上下巻、「いくよ・くるよ」に分けました。そして続編を「頭痛」編にしました。題名の「ドリル(drill)」は「算数ドリル」の「ドリル」と同じ、練習帳という意味です。内容としては最初は本当にドリル風の問題集形式から始まります。小学校時代の懐かしさとともに、あまりに強烈な先制パンチに、いきなり大爆笑です。そこからはハウトゥ集の形で、「体重計の乗り方」「湯加減のみかた」「めがねのかけ方」というような形で、特に説明のいらなさそうな事柄をとりあげ、ふんだんにナンセンスを混ぜながら、まじめに説明しています。ハウトゥ形式とならんでよく使われるのが「くらしのコツ事典」「Let's Go on a Diet」「珍しい物件」など、情報集を装ったパターンです。これらはネタ自体、あながち出鱈目ではないところもポイントです。切れ味鋭いナンセンス・ギャグに加えて、独特の画風のイラストがまた笑いを増幅させますね。これが3冊にわたってずっと続くのですから、読む方も大変です。1日1冊ずつ読むことをおすすめします。

 ナンセンスはある意味、「わかる人にしかわからない」というところがあります。好きじゃない人は大爆笑というところまではいけませんし、実際効果が出るまで時間がかかったりすることもあります。また舞台上の「雰囲気」を利用するので、うまく使わないと作風に影響を与えることもあるでしょう。直感的に笑わせるギャグとは違い、少しテクニックがいるでしょう。そのようなお芝居に取り組む人にとって本書は必読といえるでしょう。ある意味「ナンセンスとはこういうことだ」という認識を、劇団内で共有することもできると思います。
 しかし本書を読むにつれて、細かいことはともかく、「おもしろいものはおもしろい」という感想に落ち着かざるを得ません。そう思わせるのは普通の人がとうてい考えつかない独創的なくだらなさ、徹底した馬鹿さ加減なのでしょう。それは私たちが実際ギャグを考える際にクリエイティビティを刺激し、稽古での創意工夫を促進するでしょう。作者の圧倒的な独創性に対抗するには、「文殊の知恵」しかないのです。演出や仲間にどんどん自分のアイデアを披露し、磨きあっていきましょう。その中で生き残ったギャグは、かならず本番でも観客の笑いを誘うはずです。大切なのは自発的に考え、どしどし発表してみることですね。
 本書は「客を笑わせる」ということに対して、多くの刺激を与えてくれます。われわれはこれをそのまま舞台で使うのではなく、刺激されたクリエイティビティをいかして創意工夫することが重要です。ギャグが苦手で困っている人、いいネタが思い浮かばない人、ついつい難しく考えすぎてしまう人、そういう方におすすめです。本書のような本がどしどし出版されることを望みます。


(1999年4月30日)


註:今回はこんな感じです。「今までとはえらい違いやな」といわれそうですが、今回はいわば番外です。しかし本書をまじめに解説して、「すばらしい」などということがすでにナンセンスですね。こういう形で作者に敬意を表したいと思いました。ははは。

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