演劇ブックレビュー 第8回

茂山千之丞「狂言役者−ひねくれ半代記」岩波新書、1987年

 本書は、狂言という古典芸能に長く携わりながら、同時に数多くの新劇やオペラなども手がけた筆者が、演劇の1形態としてその発展に努めてきた狂言に対する様々な思いを述べたものです。古典芸能の独特の稽古形態や芸の伝承形態などが垣間見られるほか、狂言師からみた演劇についての考え方などもうかがえる本です。
 本書はタイトルの通り自伝形式をとっているので、第1章から3章ぐらいまではこれまでの半生を振り返る形で、初舞台から戦争を経て現代までの狂言を普及させようとする筆者の苦闘の日々が描かれています。狂言師の家に生まれて幼い頃から身近に狂言を感じながらも、戦後の商売の成功によって少し心が動いた話などは、楽しく読むことができます。3章の学校での狂言の出前の話は、伝統芸能である狂言でも客の反応に気を配り、客が喜んでくれたら素直にうれしいんだなと、こちらもうれしくなるようなエピソードがあります。

 4章から6章までは、狂言という1ジャンルにとどまらず、積極的に新劇にもかかわり、オペラの演出まで手がけるようになり、それが能楽協会との軋轢も生んだという筋になっています。茂山家では「豆腐のような狂言を」(p.63)という家訓のもと、どこでも積極的に狂言を上演するよう活動します。それは新劇の人々との交流をもたらし、狂言師である筆者が新劇の舞台に立つことになります。そして両者の違いを肌で感じながらもそこからいろいろなものを吸収していくプロセスは、我々も見習わなければならない姿勢だなと感心します。しかしTVやオペラなど、外部との交流を進めるにつれ、やはり旧来の伝統を重んじる能楽協会から反発を招くようになります。それに対しても「ひねくれ主義」を貫いて、したたかに渡り合っていく姿は、大変だと思いますが、端から見るとおもしろいものですね。
 7章から10章まではますます意欲的に外部との交流を進めながら、同時に埋もれていた作品などを復活させたりと、狂言を発展させていく活動が紹介されています。7章で新劇のウィークポイントについて、「舞台で、お客の前で芝居を創り上げないで、稽古場で完成品にしてしまったこと、そしてその完成品をお客と対立する空間で提示していたこと」(p.151)と指摘しています。これは能を見に来る上流階級の人々から学校の子供まで、幅広い層の観客を相手にしてきた筆者の考えが反映されています。我々にも貴重な示唆を与えてくれますね。稽古をしっかりやるのはよいことですが、反面、アドリブに弱い役者がでたり、イレギュラーに対応できない舞台ができたりするのは、観客と役者が公演という「空間」を共有するという意識が薄れてくることと無関係ではないでしょう。また、1つの小屋でずっと同じ顧客層、もっといえばひいきの客をターゲットにするよりは、もっと積極的に違う顧客層を開拓することも、自分のキャリアを高めることにもつながると思います。

 そして数々の経験を経て「夕鶴」を演じることで狂言師としての自分と役者としての自分との統合を果たした様子は、われわれに勇気を与えてくれるような気がしました。同時に狂言という伝統芸能の世界も外部との交流を通じて、なおかつ伝統芸能の色合いを残しながら発展していけるものだなと感じました。
 本書は狂言師として、また役者として活動をしていく筆者の、バイタリティあふれる半生記です。狂言役者らしく軽妙な語り口で書き進められていますが、あちこちに我々演劇に携わる人間に貴重な示唆を与えてくれる箇所があります。そういう意味で、本書のような本がもっと出版されることを望みます。



(1999年6月13日)


註:以前に茂山家の家族が狂言に携わっていく特集TVをみましたが、積極的に現代のペーソスを取り入れているのに驚きました。現代風のギャグはあまりおもしろくありませんでしたが(^_^)、アグレッシブなその姿勢はいいなと思いました。なにより稽古にすごく熱心で、「釣狐」(これができたら一人前という狂言の演目)の稽古に取り組む姿は、本当に感心しました。

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